そういう考え方もあるよね

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【日本語ラップはここまで進化した】フリースタイルラップは究極の芸術?

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日本語ラップに対して、みなさんどんなイメージをお持ちでしょうか?結構、マイナスのイメージを持っている人が多いと思います。

ダサい」「不良の音楽」「歌えないからやってるだけ」「ダジャレ」「馬鹿みたい」などなど。 (言いすぎ?)

表面だけ見れば、日本語ラップはバンドサウンドなどより確かにダサいかもしれません。

しかし、僕はラップというものに大きな芸術性を感じます。中でも「フリースタイルバトル」というものが大きく進化を遂げ、ある意味究極の芸術であると僕は感じます。その魅力をご紹介します!

ラップとは?

一般的な歌唱とは違い比較的喋り言葉に近い歌唱法であり、DJが流すビートの上にリズミカルに言葉を乗せるスタイルの音楽です。下記のような用語があり、それらを駆使してラップに特徴をつけます。

  • リリック →いわゆる歌詞のこと。強いメッセージ性を持ったものが多い。
  • ライム →韻を踏むこと。(リンゴ/インコ/ヒントなど)
  • フロウ →メロディの上下や、発音の工夫でフレーズに特徴をつけること。
  • ディスる →相手を批判すること。Disrespectから派生した造語。

韻は踏まなくてもいい

ラップの最大の特徴である「韻を踏む」という技法ですが、下記をご覧ください。

寝過ごしたぜ電車 度重なるミスの連鎖 

待ってこれって終電じゃん 歩いて帰る俺はチャレンジャー

適当に作りました!どうですか?ラップっぽくないですか?こんな風に母音を合わせて韻を踏む、一般的に認知されているラップの最大の特徴だと思います。

実はこれ、ラップに絶対必要な要素ではないんです。あくまでも「フレーズにリズム感を持たせる一種の技法」で、韻を踏まなきゃダメというわけではないのです。

つまり「韻踏んでないからラップじゃない」というわけではなく、なくてもリズミカルであればそれで良いのです。(著名なラッパーも仰っています)

ということも踏まえた上で、次のご紹介です。

フリースタイルラップバトルとは?

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フリースタイルラップバトルとは、DJのビートに合わせて即興で言葉を考えてラップし、先攻後攻で交互にディスりあって攻撃する試合のことです。

百聞は一見にしかず、わかりやすくリリックの字幕がついている動画をピックアップしましたので、まずご覧ください。はじめて見る人はディスりにびっくりするかもしれませんが。

もう一本ご紹介します。こちらは僕のお気に入りラッパーCHICO CARLITO(ロン毛の人です、上の動画にも出ています)の動画です。沖縄出身ということもあるのか、独特のフロウが実に気持ちいいです。

フリースタイルラップはひとつの芸術の形

動画を見ていかがでしたか?僕がはじめてフリースタイルバトルを見たときの率直な感想は「音楽なの?悪口言ってるだけでは...?でもなんか頭の回転早そうすげぇ」でした。ですが何度か見て考えるうちに、もしかするとこれは究極の芸術ではないのか?と思うようになりました。その理由をご紹介します。

1.即興である

まず一番にこれです。即興、つまりその場その場で言葉をひねり出しているのです。

上記の動画で「考える暇ねぇだろ白紙の頭だ」というフレーズがありましたが、まさにその通りです。つまり、その人が持っている「思想/人間性/哲学性」がダイレクトにラップの内容へ反映されます。オシャレさなどの味付けがされていない、純粋な自己表現です。言わば素材の味を全力でぶつけ合って、お互いの美味さを競い合うわけです。

いくつか試合を見てみると、バトルという対比でお互いが更に際立って、各々の強い個性アイデンティティが一層くっきりと見えるようになり非常に面白いです。岡本太郎の名言で「芸術は爆発だ」というものがありますが、まさにそれをラップで体現していると言えます。

2.身ひとつで表現できる

人間がその身一つで他人を感動させることができる芸術を、僕は「純度の高い芸術」と呼んでいます。ダンス/歌/演劇がこれに当てはまりますが、フリースタイルラップもこれに当てはまると思います。

純度が高いほど良い」というよりは、僕個人の感覚的にそういったものに美しさを感じているだけです。人間の神秘性を感じるというか何と言うか。うまく説明できませんが、画家がヌードを書きたがるのもそういう感じかなと思ってます。

余談ですが、そういった理由でミュージカルが結構好きです。身一つ(歌/ダンス/演劇)で表現していて本当に美しいと思います。劇団四季のライオンキング超泣きました。

3.ディスるということ

ラップバトルの世界では、ディスるということがスタイルとして確立されています。なのでラップの中で相手を批判したからと言って、「あいつは嫌なやつ」などと誰も思いません。ラップの中で他者をディスるというのは「自己(アイデンティティ)の表現」の裏返しなのです。

それに加えて、ラッパーの世界ではリスペクトを大切にする考えも強く根付いています。批判だけじゃなく尊敬/敬意も忘れていません。つまり、表現の幅に制約を持たせていないということです。(ちなみに、J−POPに無理やり入れられているラップは大衆受けのためリスペクトの部分が強く抽出されています。「ラッパー=やたら感謝する」のイメージが一般にあるのもこのためです。)

ラップの中で敬意を持って対戦相手をディスる。この一見矛盾したような考えを一つの様式として確立させ、表現の自由性/多様性積極的に認めているのがラップバトルなのです。文字通り、みんな違ってみんな良いを体現していると思います。

4.コミュニケーションが主体である

別記事でまた書こうと思っているテーマですが、僕は芸術とは「アイデンティティ或いはそれに関するもの」の表現をすることだと広義で捉えています。

アイデンティティとは他者とのコミュニケーションを経てより強く形成されていきます。他ラップバトルをする人たちは、ステージ上でお互いをディスり自己主張をすることでアイデンティティを積極的に高めています

あ、日常生活でこれをすると嫌われるので注意しましょう。ラッパーたちは、ラップ上でのディスりを肯定的に捉えることで表現のスタイルを確立しているのです。独特ではありますが、批判しながらお互いがお互いを必要としているひとつのコミュニケーションスタイルです。決して相手を卑下するための醜い争いではないのです。

アイデンティティについてはwiki参照:自己同一性 - Wikipedia

フリースタイルラップの美しさ

確かに日本語ラップは表面だけ見ればダサいかもしれません。それもそのはず、もともとは英語文化の中で育った音楽です。そして、歌唱とは異なり言語主体の音楽です。そのまま真似事をするだけでは「日本語とは合わない」のです。

おまけに、日本語ラップの歴史はとても浅いです。日本にラップが来てからまだ30年ほどしか経っていないのです。つまりまだ進化の途中なのです。

そこで「合わない」と切り捨てるのではなく初期衝動の可能性を信じ続け、そして今となっては以前よりもかなり洗練されたものとなっています。そういった意志/姿勢にも、僕は強い芸術性や美しさを感じます。

下記の記事で僕は「アイデンティティが今より重要となる時代が必ずやってくる」と主張していますが、まさにこういった個の美しさが重要な要素であると信じています。

現に今、日本のラップバトルシーンは若者を中心に大きな盛り上がりを見せており、ラップバトルの深夜番組「フリースタイルダンジョン」のyoutubeアカウントの再生数は、コアなジャンルにも関わらず1000万回を超えています。若者の魂は敏感なので、アイデンティティの重要性を無意識のうちに感じ取っているのかもしれません。

まとめ

以上が、僕の思う日本のフリースタイルラップバトルの魅力です!如何でしたか?ラップバトルは、どちらかと言えば格闘技に近いアツさですね。

やっぱり「ダサい」「馬鹿みたい」「歌えない人」みたいなネガティブなイメージがあって毛嫌いしていたり、無関心な人が多いかもしれません。押し付けるつもりはありませんが、「Uh-Oh Syndrome(下記参照)」にならずに一度まっすぐな気持ちで聞いてくれると嬉しいなと思います。

以上! Mic check one two yo!