そういう考え方もあるよね

っていう何でもありの雑多ブログ。

【セッションの心構え】音楽はコミュニケーションである

f:id:kangaeru-ashi:20170824145737j:plain

僕は毎月、音楽セッションのイベントを主催しています。ジャムセッション・コピーセッション問わずオールジャンル演奏して、同年代でわいわい楽しむセッション交流会です。

かれこれ1年以上やってるのですが、毎回新しい人が来て楽しんでいってくれるのでとてもうれしく思っています。

で、最近「人と演奏するとき緊張してしまう。何に気を付けたらいいかわからない。」という相談を受けたりもします。

今回はそんなセッション初心者の方に向けた文章です。理論的な話ではなく、心構え的な話です。

※あくまで僕の主観的な文章なので、しっかり学びたい方はしかるべきところでお願いいします!

◆音楽はコミュニケーションである

音楽演奏において大切なものはなにか?

技術・リズム感・知識...確かに重要ですが、それらは後から付いてくるあくまでも副次的な要素です。

音楽演奏をする際に前提として根っこの部分にあるのは「思いやり」、つまり「音楽はコミュニケーションである」と意識する事です。

◆まず聴くことから

セッションはまず周りを聴くことからはじまります。

各々が好きなことをペラペラ喋っていたら話が噛み合わないのと同じで、音楽も各々がまわりを聞かずに演奏していればまとまりのないものとなります。

もしバンド演奏ではなく音源に合わせるだけの場合は、キーとテンポさえ合ってれば何をやっても大体は合うかもしれません。それは「音源はいつ何度再生しても同じ音源」であるからです。

しかし、生身のセッションはその場その場でアプローチが異なります。更に、メンバー構成、親密度、テンション、場の雰囲気、体調などの要素で変わることもあります。だからこそ、ひとりひとりをしっかりと聴く必要があるのです。

これが、音楽演奏がコミュニケーションである由縁です。

◆お互いを尊重する

聴いてばかりではセッションの意味がないので、弾くことも必要になります。が、上でも述べた通り好き勝手に弾いていたらまとまりがありません。なので「聴きながら弾く、弾きながら聴く」ことが大切になります。

難しく聞こえるかもしれませんが慣れればすぐです。簡単な伴奏であれば、ある程度の経験者ならできると思います。(後述しますが、無理して難しいことをしないといけないと思う必要はありません。)

まわりを聴きながら弾くという意識ができたら、あとはお互いを尊重することで音楽としてのまとまりがでてきます。

主役はだれか?

例えば、歌がある場合の主役は「ボーカル」です。ボーカルが歌っているときにギターソロを弾いたりドラムソロを叩いたりというのは、あまりオススメはできません。

これは人が喋っているときに割り込むのと同じです。(楽曲表現としてはあると思いますが、それはまた別のお話)

基本的には「まとまり」が主役

ボーカルが主役と書きましたが、ボーカルがいない場合はだれが主役なのか?その場合は「全体のまとまり」が主役です。全体のバランスを意識してまとまった音楽をまず作ることが第一歩です。

そして、そのまとまりの中で誰かが「変化」を作ります。そして他の人がその変化に気づいて合わせていく。

例えば、ジャムセッションの場合、ギタリストがソロを弾き始めたら周りはそれに合わせてシンプルな伴奏を心がける。あるいはツインギターの場合は掛け合いなんかしたり。

また、例えばドラマーが音量を下げたり、ベーシストがベースラインをシンプルにしだしたら、「ちょっと一旦盛り下がる部分かな?」とそれに合わせていく。

更に細かく言えば、ドラマーがバスドラムのパターンを変えてきたら、ベースラインやギターリフもそれに合わせて作り変えていく。

大事なのは「変化&レスポンス」です。これにはある程度の経験が必要ではありますが、それ以前に「聴く意識」と「尊重」が前提にあってはじめて成り立ちます。

人と演奏すること自体勇気がいることですが、まとまりのなかで変化を与えるのは更に勇気がいることです。だからこそ変化を尊重し、それに応えることが大切なのではないかと思います。

慣れていない人は実際に演奏を合わせていくのは難しいかもしれません。でも、アイコンタクトと表情で「聴いてるよ」という意思疎通をすることはできると思います。

これもまた、音楽演奏がコミュニケーションであると言える由縁ですね。

◆難しいことをする必要はない

例えば友だちと楽しくおしゃべりするなかで「君の話は難しい専門用語もないし説得力に欠けるね」なんて言うようなことはないと思います。学術的な発表会などであれば別ですが、少なくとも気軽に楽しもうという場に相応しい発想ではありません。

趣味でのセッションもこれと同じです。難しいことができるからスゴイ、難しいことができないからスゴクナイと評価する場ではないのです。

更に言えば、日常会話において難解な専門用語ばかりでワケのわからない話をする人がすこし煙たく感じるのと同様、「難しいことができる技術」はうまく使わなければ時としてマイナス要素にもなり得ます。

たとえば一例としてドラマーを挙げると、

①基本の8ビートしか叩けないが、周りを見て音量やノリなどを合わせるドラマー

②技術が高く難しいパターンを叩けるが、やたら手数が多く音も大きいドラマー

この2者であれば、前者の方が「あ、うまいな」と僕は思います。後者はせっかくの技術がマイナス要素になってしまっている例です。大事なのは「出るとこは出る、引くとこは引く」です。

③技術が高く、目立つところは目立ち、かつ他パートへの配慮ができる演奏者

というのが理想ですね。どのパートでも、こういう人は本当にかっこよくて尊敬します。

技術は練習時間に左右されるため、人によっては伸ばしづらかったりしますが、配慮の意識は今すぐにでも切り替えられます。

あくまでも趣味の範囲でのセッションであれば、無理して難しいことをする必要なんてありません。ギターやピアノならコードが弾ければ、ベースならルート音が弾ければ、ドラムなら基本のビートが叩ければ、とりあえずはそれだけでOKです。

あとは練習しつつ経験を積みつつ、ちょっとずつ変化を楽しんでいければいいのです!

 ◆まとめ

なんやかんや書いてますが、僕自身が100%これをできているとは言えません。

ですが、こういった意識を持つか持たないかで演奏はガラッと変わってくると思います。音楽のコミュニケーションとしての楽しさはそこにあると思います。

 「旅をすれば演奏が上手くなる」という説をとあるミュージシャンから聞いたことがありますが、僕はこの説は間違っていないと思います。音楽をコミュニケーションと捉えるなら、旅をして様々な価値観に触れ、自分を客観視するというのは重要な要素であると思います。

コミュニケーションと同様、みんなで演奏するからには、みんなで楽しめるのが一番ですね!

以上!